賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

シルクロード横断:第33回 タシケント→サマルカンド

 中央アジアの3ヵ国目、ウズベキスタンの首都タシケントを歩く。

 さすが中央アジアの大都市だけあってトラム(市電)が走り、地下鉄が通っている。タシケントの地下鉄は中央アジアでは唯一のもの。人口は200万人を超える。

「シルクロード」から受ける印象とはほど遠い近代的な都市だが、オアシス都市としての歴史は長く、2000年前にはすでに「チャチ」という名前で記録に現れているという。

 中央アジアで有数の古い都市。「タシケント(石の町)」と呼ばれるようになったのは11世紀ごろからだという。

「ホテル ウズベキスタン」のレストランで朝食。「ヨーロッパが近いなあ!」と感じさせたのは、テーブルに並んでいる何種類ものパン。好きなのを取ってサラダやポテトつきの肉料理と一緒に食べた。

 9時30分、タシケントを出発。シルクロードの要衝の地、サマルカンドに向かう。タシケントはカザフスタンとの国境近くの町で、国境スレスレの道を行く。

 中央アジアの大河、シルダリア川にかかる橋を渡る。「ダリア」は「川」を意味する。「シルダリア川」というと「シル川川」になってしまうが、このような例はいくらでもあるので、日本では一般的ないい方の「シルダリア川」を使わせてもらう。

 パミール高原を源とするシルダリア川は全長3078キロ。最後はアラル海に流れ込む大河だ。

 中央アジアの大河というよりも、世界の大河といっていいシルダリア川だが、タシケントの近くで見る限りではそれほどの川には見えない。川幅はそれほど広くないし、水量もそれほど多くはなかった。

 シルダリア川を渡ってまもなく、サマルカンドへの最短ルートを離れ、迂回ルートに入っていく。最短ルートはカザフスタンの一部をかすめるからだ。

 その迂回ルートでベカバードの町に出たが、そこの交差点には「ドゥシャンベ」の道標があった。ドゥシャンベはタジキスタンの首都。今回のルートでは中央アジアの国々のうちタジキスタンだけには入らないので、「ドゥシャンベ」の道標を通してまだ見ぬ国への思いを馳せた。ベカバードからだと南のドゥシャンベと西のサマルカンドはほとんど同じくらいの距離になる。

 ベカバードの町の近くで昼食。街道沿いの食堂で中央アジアの名物料理の「ラグメン」を食べる。麺の上に具だくさんのスープをかける。それには香辛料のウイキョウがのっている。食べ終わったところで食堂の裏手のカマドで焼くナンづくりを見せてもらった。

 サマルカンドへ。一路、西へとスズキDR-Z400Sを走らせる。

 ジザックの町でさきほどの最短ルートに合流。前方にはジザフ山脈のゆるやかな山並みが見えている。

 サマルカンドに近づくと、パトカーが我々を待ち構えていた。パトカーの先導でサマルカンドの町中に入っていった。

「サマルカンド」といえば「シルクロード」ファンにはたまらない言葉の響き。ぼくもどれだけ「サマルカンド」に心を躍らせたことか。

 人口50万人ほどのサマルカンドはウズベキスタン第2の都市。中央アジアでは最も古い都市として知られ、起源前6世紀にはすでに存在していたという。14世紀から15世紀にかけてはチムール帝国の首都としておおいに栄えた。

「サマル」は「人々が出会う」、「カンド」は「町」の意味だという。いかにもシルクロードの要衝の地らしい名前ではないか。

 そんなサマルカンドでは「グランド・サマルカンド・ホテル」に泊まり、レストランの夕食では麺を添えた肉料理と羊肉入りの「ポロフ(ピラフ)」を食べた。

タシケントの高層ホテル「ウズベキスタン」

タシケントの高層ホテル「ウズベキスタン」

昼食の「ラグメン」

昼食の「ラグメン」

ナンづくりを見る

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サマルカンドへの道

サマルカンドへの道