賀曽利隆 STILL ON THE ROAD !

世界を駆けるバイクライダー・賀曽利隆(かそりたかし)。地球をくまなく走り続けるカソリの”旅の軌跡”をまとめていきます。

焼き物紀行 Imari Porcelain across the Ocean

江戸時代、伊万里焼は花形的な輸出品だった。海を渡った伊万里焼をカソリが追う!

海を渡った伊万里焼を追って(9)

インドのボンベイに行ってから6年後の1990年、50ccバイクで「世界一周」したが、そのときトルコのイスタンブールで「古伊万里」を見た。 『50ccバイク世界一周2万5千キロ』(JTB 1992年刊)では、イスタンブールでの「古伊万里」との出会…

海を渡った伊万里焼を追って(8)

1987年7月7日、「海を渡った日本の焼きもの」を追って、インドのボンベイに飛んだ。香港、マカオ、中国、マレーシア(マラッカ)にひきつづいてのインド・ボンベイになる。 インドは共同通信文化部の土岐浩之さんと一緒だ。 我々はボンベイの町を歩い…

海を渡った伊万里焼を追って(7)

(『海を渡った日本のやきもの』1985年・ぎょうせい 所収) マラッカの骨董街、ハング・ジェバット通りは何度も歩いたが、ここでは「イマリ」という言葉はじつによく通じる。 とある店で私の求めに応じてイマリの赤絵の皿を見せてくれた青年は、流暢な英…

海を渡った伊万里焼を追って(6)

(『海を渡った日本のやきもの』1985年・ぎょうせい 所収) マラッカではハング・ジェバット通りの骨董屋街には何度となく足を向けた。 思えば、博物館から骨董屋をまわるのは、この一連の取材行ではおきまりのコースになっている。 「能がない」といわ…

海を渡った伊万里焼を追って(5)

(『海を渡った日本のやきもの』1985年・ぎょうせい 所収) マラッカ海峡に流れ込むマラッカ川は、下流でさえ幅が十数メートルほどの小流で、その河口にマラッカ港がある。現在のマラッカ港には、かつての東西貿易の拠点として繁栄を謳歌した面影はまっ…

海を渡った伊万里焼を追って(4)

(『海を渡った日本の焼きもの』1985年・ぎょうせい、所収) マカオに行ったあと、次にマレーシアに飛んだ。首都クアラルンプールからは乗り合いタクシーに乗って、マラッカ海峡に面した古都マラッカへ。緑濃い密林とゴム園、熱帯の強烈な赤色土壌のなか…

海を渡った伊万里焼を追って(3)

(『海を渡った日本の焼きもの』1985年・ぎょうせい、所収) マカオ滞在の最後の1日を使って、ワンデーツアーで中国に行った。アメリカ人やカナダ人、オーストラリア人などの観光客とともに、マイクロバスで広東省中山県をみてまわった。 そのツアーの…

海を渡った伊万里焼を追って(2)

(『海を渡った日本のやきもの』1985年・ぎょうせい、所収) 日本とマカオの結びつきは深く、なおかつ古い。種子島に鉄砲を伝えたポルトガル船も、日本ではじめてキリスト教を布教したフランシスコ・ザビエルも、マカオを中継してやってきた。近世の初期…

海を渡った伊万里焼を追って(1)

(『海を渡った日本のやきもの』1985年・ぎょうせい、所収) 江戸時代、日本の伊万里焼(有田焼のこと)は長崎からバタビア(現在のジャカルタ)、アフリカ南端のケープタウン経由でオランダへ、さらにはヨーロッパ各国へと送られた。それは「イマリ・ロ…